2016/02/20

がん細胞を死に追い込むために


毎年世界中で1400万人近くの人が「がん」になっている。そして、がんによる死者は820万人と多い。これは2015年末に「Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention」で発表されたデータだ。多くの人の命を奪うこの病気を駆逐することは、世界中の科学者の目標の1つだ。

がんは元々は自分自身の細胞だ。正常な細胞が遺伝子の変異によって抑制の効かないがん細胞になったとき、それは無限に増殖し、全身へ広がっていき、数ヶ月で命を奪い去ってしまう。いうなれば敵は内側にいる、ということだ。従来の治療法はがん細胞を破壊するようにデザインされているが、これでは正常な細胞や組織まで傷つけてしまう。

■腫瘍細胞を自殺させる
「本質的に、がん細胞を殺すことは難しいのです。がん細胞は我々の細胞が遺伝的に変異したもので、とても似ているのです。正常な細胞を傷つけることなく、選択的にがん細胞を破壊することは至難の業です。」とコーネル大学のバイオメディカルエンジニアリング研究者のマイケル・R・キング氏は思案している。彼のチームは、がん細胞を殺すための弾丸を備えた新たな武器を探し求めるというよりは、がん細胞自身をアポトーシス(プログラムされた細胞死)に追い込むことを考えているという。

アポトーシスを誘導することはがんを終わらせるもっとも自然な戦略と思えるだろう。「すべての細胞は、自身が役に立たなくなった時やDNAの損傷を受けた時、死ぬようにプログラムされています。これにより異常な増殖を防ぐことができるのです。」とキング氏は説明する。「しかし、がん細胞はアポトーシスが不完全なため、死なないことが問題なのです。」彼の研究はこの本質的な細胞の機能を回復させることのみに狙いを定めている。

彼の研究室では、TRAIL(TNF-related apoptosis-inducing ligand)タンパク質を用いて研究をしている。これは生体内の免疫システムで作られ、がん細胞を特異的に攻撃できるものだ。TRAILタンパク質が引き金となって、細胞は自ら命を絶つ。彼らは、マウスでの実験において60%の成功率を達成した後、もっと大きな動物やヒトにおいてこの治療法の安全性について証明するために実験を続けている。また、前立腺癌、大腸癌、乳癌の治療にも用いることができるように挑戦している。

■敵を隔離せよ
がんとの戦いにおける良い戦略として、健康な組織もろとも破壊するのではなく、敵を特定し隔離することがあげられる。この戦略は、がんの持つ最も危険な能力を考慮する際に意味を成す。それは他の組織へ侵入するための「足」を形作る能力だ。浸潤突起と呼ばれる膜結合性の表面突起により、がんは全身へと広がっていくことができる。いわゆる転移だ。がんによる死の90%は転移によって引き起こされている。実際に、転移のために外科手術では腫瘍を取除くことが多くの場合できない。もし、血液細胞の移動性をブロックしたり血管新生を阻害したりすれば、がんの発達は困難になる。またTHSB2というタンパク質をブロックするという方法もある。イギリスのフランシス・クリック研究所の最新の研究によると、このタンパク質はがんの成長や新たな腫瘍の形成を促すのに快適な環境を作るようだ。

■免疫療法
がんとの戦いにおける戦術には、腫瘍細胞を見つけ出し攻撃する免疫系を強化するという方法もある。それは体内に侵入してきたバクテリアやウイルスと戦うことと同じで、個人が病気と戦うための免疫系の利用するということだ。これは米国ジョン・ホプキンス大学のシドニー・キンメル総合がんセンターの免疫部門の共同ディレクターであるチャールズ・ドレーク氏によって定義づけられた免疫療法だ。この技法は20世紀の初頭に第一歩が踏み出されたものであり、がんの治療の研究におけるもっとも重要なラインの1つとして急速に進歩した。

ドレーク氏は腎臓がんに対する免疫療法の最前線に立ってきたが、当初は確信がなかったことを認めている。「私たちは恐れていました。免疫療法は個々人の免疫系を過剰に活性する可能性を持っていたからです。それが私達が徐々に研究を始めていった理由です。」と述べている。彼は最初の試験でニボルマブを使用しており、幸いな事に結果はとても良いものであった。わずか数ヶ月で最初の患者をどうにか完全寛解させることに成功したのだ。また、従来の治療よりも副作用が少ないこともアドバンテージとなった。

それ以来、免疫療法は腎臓がんやメラノーマまたは皮膚がん、ある種の肺がんの治療方法として承認された。2015年には最初の治療用がんワクチンである"sipuleucel-T"がFDAに承認され、大きな後押しも受けた。このワクチンにより、前立腺癌の患者の生存期間が4ヶ月伸ばすことができるという結果が得られている。

しかしながら、免疫療法には欠点がないわけではない。主な問題点は、すべての患者で働くわけではないということだ。そのためドレークやこの分野の研究者たちには、どのように細胞レベルで働くのか、また診療所において簡単な方法で個々人の患者にとって免疫療法が恩恵を受けられるほど有効なのかそうでないのかをどのように判断するのか、という1つの課題がある。いまのところ確かなことは、この治療法によって、我々のがんとの戦い方は完全に変わるということだ。

《参考文献/サイト》
  1. Science’s New Weapons in the Fight against Cancer”. Open Mind.  (アクセス日:2016/2/16)

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