2015/10/08

ノーベル賞を受賞していない10個の偉大なる発見


2015年のノーベル医学生理学賞が発表され、寄生虫病の治療に関する研究で3名の科学者が共同受賞した。日本からも北里大学特別栄誉教授の大村智氏が受賞され、大きく報道されている。物理学賞にも東大宇宙線研究所の梶田隆章教授が選ばれ、日本の科学力の高さを改めて感じた。しかし、この(誇大広告ともいえる)ノーベル賞の発表は、ナショナルジオグラフィックの編集者にある考えを思い起こさせた。


「ノーベル賞を受賞していない偉大な大発見にはどのようなものがあるだろうか。」

彼らは科学ブロガーや科学編集者、ナショナルジオグラフィックの寄稿者たちに、ストックホルムでは(不当にも)勝利をつかめなかった、お気に入りの発見・発明を聞いてみることにした。ここではノーベル賞の受賞には至らなかったが、それに値する10個の大発見や大発明を紹介する。


The World Wide Web
ノーベル賞を受賞していないが、それに値する発見は何かと考えたとき、ヴァージニア・ヒューズ(科学ブロガー)はまず自身のツイッターのフォロワーに同じ質問をすることにした。その後いくつかの候補を手に入れた彼は、「マジックテープ」や「ダークマター」、「ES細胞」についてグーグル検索をかけ勉強したようだ。そしてこう考えた。「こういった発見・発明について学ぶために、今まさに頼っているもの以上に、ノーベル賞にふさわしいものはあるだろうか。」
1960年代初め、アメリカ連邦政府の研究者たちは、コンピューター同士のコミュニケーションネットワークを構築し、それはインターネットへと進化した。しかし、ヴァージニア・ヒューズはこの研究者たちではなく、イギリスのコンピュータサイエンティストのティム・バーナーズ=リーにノーベル賞を与えたいと言っている。彼は1989年にワールド・ワイド・ウェブのアイデアを提言し、1990年に世界で初めてウェブサイトを作成した。(ちなみに世界初のウェブサイトには「ウェブとは何か」が書かれていたそうだ。)
「アラブの春」の勇敢なるツイートや馬鹿げた猫のダンスの動画、といったものに関わらず、ウェブは情報を民主化した。情報は力である。
—Virginia Hughes, Phenomena blog: Only Human


Dark Matter
もし私たちが歴史を掘り返していけるのであれば、ノーベル賞に値する天文学的発見が多く見つかることだろう。惑星の動きを律するケプラーの法則や、20世紀初頭には結論付けられた宇宙の膨張、恒星をそのスペクトルによって分類したことなど。しかし、ダークマターの発見(間接的にだが)こそが、ノーベル賞選考委員会が見過ごしてきたであろう、現代の偉大なる功績といえる。
1970年代、ヴェラ・ルービンとケント・フォードは銀河縁辺部の星の動きが、中間部あたりの星の動きと同じくらいの速さで動いていることを観測した。言い換えれば、銀河は星々がばらばらに飛び散ってしまうほどの速さで回転している、ということだ。もし目に見えない何かが、銀河を繋ぎ止めておくための重力に加担していない限りは、だが。この見えない何かは、宇宙の質量の90%を占めるミステリアスな物質であるダークマターとして知られることになる。ダークマターは光を放出もしなければ反射もしない。また、他の物質との相互作用も示さない。そのステルス性やつかみどころのない性質のため、ダークマターの粒子はいまだに捉えられていない。言い換えれば、科学者はこれが何かわかっていないのだ。この不確かさから、ノーベル賞選考委員会はダークマターを選んでいないのだろう。同じように謎めいた宇宙の加速膨張は2011年に受賞したのにも関わらず。
—Nadia Drake, Phenomena blog: No Place Like Home


The First Genome
多くの人は、科学の歴史に残るもっとも大きな功績の一つにどうしてノーベル賞が送られないのか不思議に思っているのではないだろうか。2001年にヒトゲノムが解読されたという偉大なる功績に。これは本当に途方もない業績であったが、重要なのは、これは発見や発明といったものではないということだ。これはエンジニアリング・プロジェクトであった。必要なのは、DNAシーケンシングの自動処理能力を高めるということだったのだ。ヒトゲノムプロジェクトに参加していた科学者のエリック・ランダー博士は「クランクを回すだけの作業に、ノーベル賞は与えられないでしょう。」と説明する。しかし、クランク自体の発明に対してはノーベル賞が与えられるかもしれない。クレイグ・ヴェンターと彼の同僚たちはショットガンシーケンシング法を用いて、インフルエンザ菌の全ゲノム配列を解読した。ヴェンターはのちに自身の会社であるセレラ・ジェノミクスを創立し、同じ方法で独自にヒトゲノムやキイロショウジョウバエのゲノムの解析も実施した。この方法は他の研究室でも数百種の生物のゲノムを解析するクランクとして採用されている。ノーベル賞選考委員会は将来、遺伝学における最初の偉大なる功績に対して賞を授与するとき、受賞者にどの3人を選ぶか悩まさせられることだろう。ヴェンダーはその中にいるべきである。
—Jamie Shreeve, National Geographic executive editor for science


Black Hole Death
1970年のある晩、スティーブン・ホーキング博士は、あるアイデアを持って床に就こうとしていた。ブラックホールは不死であると想定されていたが、彼はブラックホールもゆっくりと質量が失い、ゆくゆくは蒸発し、ガンマ線の放出とともに爆発的なエネルギーを放出するだろうと考えた。問題はこの理論を検証する方法がないことだ。
ブラックホールの断末魔を観測しようにも、その寿命は長すぎる。(通常の赤色巨星からできたブラックホールの蒸発には、およそ1068年かかると推定されている。現在、宇宙は138億歳と考えられており、蒸発したブラックホールは観測不可能だ。初めてどこかのブラックホールが蒸発するころには、人類は生きているだろうか。)観測できないとはいえ、このホーキングのアイデアは理論物理学にしっかりと組み込まれている。そしてこのアイデアは相対論と量子論を結び付け、さらに情報理論の進歩に拍車をかけた。ホーキングはいずれ賞を受賞することだろう。観測に基づく確証を自然が提供してくれればだが。そして、何十億年以上も経たなければ、最初の恒星サイズのブラックホールの蒸発は開始されないのだ。
—Timothy Ferris, National Geographic contributor and author of The Science of Liberty


The Periodic Table
私は基本に立ち返ってみたいと思う。化学元素の同定以上に、基本的で、本質的で、価値のあることは何があるだろうか?周期表は単なる表ではない。すべての物質の中心に位置する、陽子、中性子、電子の固有の順序を明らかにするものだ。そのきちんとした行と列は未発見の元素の存在や特性を予言した。周期表の作成が科学界最高の栄誉を勝ち取れなかったことは、とても信じられないと思うかもしれないが、第一回のノーベル賞の発表において、本当に起きたことである。ノーベル化学賞は、物理化学の領域でパイオニアとなる研究をしたヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフに送られた。彼の元素のつながりや動きに関する研究に比べて、1869年にメンデレーエフによって発表された周期表は見劣りした。メンデレーエフにはまだ希望があり、その後1905年と1906年もノーベル賞にノミネートされた。しかし委員会は、周期表の発表は古すぎるということと、あまりにも周知されているという理由で、ノーベル賞を授与しなかったのだ。周期表はそれ自身の成功によって受賞できなかった犠牲者となった。1906年は、フッ素を発見したアンリ・モアッサンに与えられた。フッ素は周期表が示していた位置に存在した。翌年、メンデレーエフは周期表のノーベル賞受賞という試みとともに亡くなった。周期表はいまやもっとも有用な科学界のポスターとなっている。時代を超えて研究室の壁にかけられている。それは未来にわたって繰り返されることであろう。
—Erika Engelhaupt, National Geographic online science editor

The Lightbulb
今や時代遅れのテクノロジー -Jiffy pop(火をかけるだけですぐにできるポップコーンのこと)、新聞紙、iPhone- のファンとして、長年に渡って安置されている白熱電球に物理学賞を与ることを求めないとしたら、それは怠慢といえるのではないか。これはトーマス・エジソンの控えめともいえる発明だ。最初の特許はイギリスのジョセフ・スワンが取得したからだ。エジソンはそれを実用的に使用できるようにした。
白熱電球は現代の経済を構築し(睡眠不足もだが)、膨大な電力需要を作り出した。それらは今日の我々の存在意義を形作っているともいえる。エジソンはノーベル賞を受賞することなく、1931年にこの世を去った。ひらめきの象徴ともいえる白熱電球に対しても、受賞はないのだ。これは歴史的な不正行為ではないだろうか。アルフレッド・ノーベル本人の意思では、賞に関していえば、発明や発明者も受賞対象に含まれるといっている。しかし審査員は、手におえない宇宙の膨張や、マスコミに親しみやすいニックネームを持ち、物理学者を怒らせるためだけに存在する難解な「神」の粒子のような非実用な物に対して、彼らのクローナ(スウェーデンの通貨)を与えたがるのだ。ダイナマイトの発明家が望んだように、ノーベル賞に祝された白熱電球があらんことを。
—Dan Vergano, former National Geographic science writer


The Quark
1969年、マレー・ゲルマンは「素粒子の分類と相互作用に関する発見と研究」によって、物理学賞を受賞した。しかし、彼をもっとも有名にした、特に認知されているアイデアに対して賞は与えられていない。「クォーク」について、だ。このちっぽけな物質の構成要素が集まって、陽子や中性子、およびその他の粒子を形成している。この理論物理学者の使用する中で最もパワフルなツールである紙と鉛筆による発見は、物質世界のより深い理解をもたらしてくれる。表彰状の記載内容はとても曖昧としているが、ゲルマンのノーベル賞受賞は、生涯の功績に与えられるといえるような賞とはどういうものか考えさせてくれる。
彼はまだ40歳だったのだが。当時、彼が5年前に提案したクォークの証拠は曖昧なもので、議論の余地はまだあった。授賞式のスピーチは過ぎ去った過去のものだが、一部の物理学者はゲルマンはノーベル賞においては次点に値すると主張している。ノーベル賞はジョージ・ツワイグとジェームズ・ビョルケンが値すると。
George Johnson, National Geographic contributor and author of Strange Beauty

Modern Evolutionaly Synthesis
1901年、最初のノーベル賞が授与されたとき、進化生物学はまだ始まったばかりの科学分野であった。当時の科学者はどのように生物が世代を超えて変化していくか、その本質の詳細について、僅かなことしか知りえなかったのだ。一部の科学者は自然選択説や他のダーウィンの進化論の基本的概念でさえ、疑問視していたという。1920~1950年代に、遺伝学者・自然科学者・古生物学者から成るグループが、変異がどのようにして起こり、どう広がり、また進化の要素としてどう働くのかについて理解しはじめた。この新しい生命の観点はネオダーウィニズム(現代進化論:Modern Evolutionaly Synthesis)として知られている。彼らの研究は、今日の我々の持つ生命の歴史に関する知識を大きく前進させるための道を切り開いたのだ。
—Carl Zimmer, Phenomena blog: The Loom


Tree of Life
科学者が微生物の形を基に、それらを分類していた当時、カール・リチャード・ウーズは遺伝子を比較することで微生物を分類する方法を開拓した。彼の方法は、それ以前までは知られていなかった生命のドメインである、古細菌の存在を明らかにした。科学者たちは彼の技術を、我々の体に住み、健康に影響を与える微生物を寄せ集めたカタログを作るために使用することになる。また、大小の生物の進化的関係を図示するためにも使用したのだ。ウーズのおかげで、生命の系統樹は第3の幹(古細菌)、より強固な枝、そして新しい小枝も獲得した。ウーズは2002年に亡くなり、ノーベル賞は死後に受賞されることはない。しかしこれは馬鹿げたことであろう。生命の全範囲を明らかにした人物が、死といったささいなことで拒絶されるというのはナンセンスだ。
—Ed Yong, Phenomena blog: Not Exactly Rocket Science

Dinosaur Renaissance
1969年、エール大学の古生物学者であるジョン・オストロムは、かつて発見された中でもっとも重要な種の1つに名前を付けた。彼はその動物に、1億1千万歳の恐竜であるが、ディノニクス(恐ろしい鉤爪)と呼ぶことにしたのだ。この蜥蜴類は人間程度の大きさの肉食恐竜で、物を掴める手を持ち、後ろ足には地面から離れた鎌形の爪を持っていた。もっとも重要なのは、ディノニクスがよくある恐竜のイメージ、それは動きが遅く、知能も低く、湿原に住んでいるモンスターである、といった点と大きく異なっていたことである。オストロムの主張は、ディノニクスは機敏に動き、高度な社会を築くことが可能で、とても活動的な生活を営んでいたハンターだということだ。これは、今日に科学的に実を結んだ「恐竜ルネッサンス」の幕開けに役立った。不幸なことに、現在ノーベル古生物学賞や他の自然史の領域のための賞は存在しない。ディノニクスが、本来与えられるべき賞を受賞することはないのだ。
—Brian Switek, Phenomena blog: Laelaps


《参考文献/サイト》

  1. Dissed and Dismissed. 10 Huge Discoveries Denied a Nobel Prize”. National Geographic.  (アクセス日:2015/10/7)

0 コメント:

コメントを投稿