腸内はまるでジャングルのようだ。無数のバクテリアや免疫細胞、腸の組織細胞が相互作用をしており、化学的・物理的シグナルの交換を行っている。このような複雑なシステムは、腸内に限らず人体すべてに拡大でき、それを「マイクロバイオーム(Microbiome)」という。少し前の話だが、2010年に学術論文誌のScienceが発表した「この10年の科学の10大成果」の6番目にこのマイクロバイオームが選ばれている。このマイクロバイオームをもし妨害したとしたら、それは胃腸内の問題を引き起こすだけでなく、代謝や免疫系、そして神経障害といった問題にも繋がることになる。このような問題の1つに、クロストリジウム・ディフィシルというごく普通のバクテリアが朝にコロニーを作り大量に増殖したに起こるものもある。この問題も消化管に善良なバクテリアを入れることで治療可能だ。しかしこの方法は他人の排泄物から最近を移植する必要があり、また何故効果があるのかまだ詳しくわかっていない。この次世代の「マイクロバイオーム薬」は、安全で簡単に手に入り、清潔な「本物の薬」の代わりになるだろうと、Seres Therapeutics社のCEOである Roger Pomerantz 氏は述べている。
Seres Therapeutics社は設立6年目の会社だ。同社は現在アメリカで2つの薬の臨床試験を実施している。1つは再発性のクロストリジウム・ディフィシル感染症に対するもので、もう1つは大腸の慢性的な炎症性疾患である潰瘍性大腸炎に対する薬だ。これらの薬は、ある意味で「キーストーン種となる生命体(Keystone organisms)」を元に作り出された。このKeystone organismsは同社の科学者が腸内のバクテリアやヒトの細胞から取得した遺伝情報の精巧な解析によって同定したものだ。これらは健全なマイクロバイオームを再生する上で役に立つという。
Seres社がバクテリアの環境を直接変更したのに対し、設立3年目のスタートアップ企業であるSynlogic社はヒトの腸由来のバクテリアを元に、遺伝的に設計したバクテリアを生み出した。このバクテリアはマイクロバイオーム全体の環境を変化させることなく腸内に導入することができる。代謝障害の結果として生じる体内の不要な物質を取り除くというような、治療的な役割を果たすバクテリアも設計されている。同社はバクテリアが腸内環境の状況を感じ取り反応できるようない「遺伝的スイッチ」を導入するために、確立された合成生物学的手法を利用した。
Synlogic社の最高執行責任者(COO)であるAlison Silve氏は、来年を目処に2つの薬の臨床試験を実施することを目標としている。2つの薬は肝臓内における重要な酵素が欠乏することで起こる希少な遺伝的代謝障害の治療を目的にしている。これらの薬は腸内に発生した過剰な代謝産物を除去するように設計されている。腸は肝臓の失われた機能を本質的に補償するような役割があり、代謝産物が貯まる傾向にあるという。
Seres社とSynlogic社は、腸内のマイクロバイオームをどのように利用するか、その表面をまだ引っ掻いただけだ。科学的に実施することはまだまだ多くある。マイクロバイオームを我々の手で変化させるというアイデアはとてつもなく大きなポテンシャルを秘めている、とMITの生物工学の教授であり合成生物学のパイオニアでもあるJames Collins氏は述べている。彼はまたSynlogic社の共同創設者の一人であり、Seres社のアドバイザーも務めている。Seres社はマイクロバイオームを変化させるために腸内にバクテリアを導入する素晴らしい戦略を持ってはいるが、その変化が治療目的で可能かどうかは単純にまだわかっていない、とCollins氏は付け加えた。近いうちに、合成生物学を利用して腸内環境に特定の変化を起こすことができる有用な生命を作り出すことを彼は望んでいる。
《参考文献/サイト》
- “Companies Aim to Make Drugs from Bacteria That Live in the Gut”. MIT Technology Review. (アクセス日:2016/1/19)
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