2015/10/26

ティラノサウルスは唯一の王ではなかったかもしれない


子供のころ、スピルバーグの「ジュラシックパーク」を初めて見たとき、本物の恐竜が復活したかのような大迫力の映像に驚愕したものだ。中でもティラノサウルス(以下 T. rex)の凶暴さには恐怖と同時にカッコよさも感じた。いまの子供たちも、恐竜に興味がないとしても、T. rex くらいは知っているのではないだろうか。
6800万 ~ 6600万年前にアメリカ西部に生息していた恐竜界最強ともいわれる凶暴な性格の持ち主は、鋭い爪で他の恐竜を切り裂き、骨まで噛み砕く強力な歯をもっている巨大な恐竜、というイメージが強いことだろう。しかし一部の科学者は、ティラノサウルス属の一種であり同じ地域に生息していたナノティラヌスという小型の恐竜と同じくらいの大きさしかなかったと考えている。古脊椎動物学会において提示された新しい研究は、この主張に異議を唱えるもので、ナノティラヌスと思われる2つの標本はT. rex の子供の時のものであると結論付けた。もしそうであれば、T. rex はその名の通り、生息域近辺の唯一の王であったことだろう。(ティラノサウルスはラテン語で「暴君の爬虫類」という意味。)

この発見はティラノサウルス類の恐竜がどのように成長し、多様化したのかを示唆するものである。「およそ6600万年前、まさに恐竜が絶滅する直前の時代に、どれくらいの恐竜が生息していたのかを知る必要があります。」ウォルター・ローリーにあるノースカロライナ自然科学博物館の古生物学者であるリンジー・ザノ氏はこう述べている。

ナノティラヌスの発見
ナノティラヌスの物語は1946年まで遡る。当時スミソニアン自然史博物館の古生物学者が、モンタナで発見されたティラノサウルス科に属する頭蓋骨について説明をしていた。しかし、1980年代後半、ロバート・バッカーを含む、現在はヒューストン自然史博物館に所属する古い慣習や決まりを破壊するような古生物学者たちは、改めてその頭蓋骨を調べ、それはティラノサウルス科ではなくさらに小さな分類群に分けられるものだと結論付けた。T. rex は体長12メートルにもなるのに対して、その頭蓋骨の持ち主は体長5メートル程度しかなかったのである。このことにより、バッカーのチームは、その小さな恐竜に「ナノティラヌス(小人の暴君)」と名付けた。子供の恐竜の頭蓋骨のように一部が結合していない状態ではなかったため、チームはそれを大人の頭蓋骨と判断したのだ。

数年後、ウィスコンシンのケノーシャにあるカルタゴ大学の古生物学者トーマス・カー博士は、同じ標本を用いて、頭蓋骨、歯、および骨格を他のT. rex の子供の標本と比較することで、ナノティラヌスの特徴の調査結果を発表した。カーはナノティラヌスの頭蓋骨は、主張されているほど早期に結合はしておらず、また頭蓋骨の質感や顕微鏡下で確認した構造も、典型的なT. rex の子供のものと同じであった。これらの発見により、カーはナノティラヌスは単なるT. rex の子供だと結論付けた。

2002年に、モンタナで別のナノティラヌスと主張された頭蓋骨と骨格の一部が発見され、カーの結論は強化された。それは1940年に発見された標本よりも良い保存状態であり、「ジェーン」とニックネームを付けられた。多くの研究者は、歯の形や他の骨の特徴からジェーンは子供であると判断した。また、以前まではナノティラヌスの存在を肯定していた研究者も、この新しい頭蓋骨により心が変わっていた。しかし、まだ一部の研究者は、ナノティラヌスはT. rex とは別の種であると主張している。

"ジェーン"の正体
ダラスでは、カーがジェーンの頭蓋骨と骨格の新たな解析結果を発表した。解析に用いた頭蓋骨は、コンピュータによる3Dモデルにより再構築されたものだ。そのため、一部頭蓋骨が欠けていた箇所も埋めることができ、より詳細な特徴を解析することが可能であった。また、彼のチームはジェーンの腓骨にある微視的な年輪の検査も実施し、骨の中に9つの輪と2つ以上のスペースを発見した。このことから彼らは、ジェーンはおよそ11歳のときに死亡した、つまり子供であったと結論付けた。さらに、骨格の精密検査により、非常に急速に成長している骨に典型的に見られる「リモデリング」中であったことも明らかにした。

T. rex の子供や大人でも知られていたが、ジェーンはティラノサウルスの成長パターンに関する研究者の知識のギャップを埋めることになった、とカーは説明した。「彼女は、大型の肉食恐竜に典型的にみられる、急速な成長段階に入ろうとしていた、もしくはすでに入っていたのです。」加えてカーは、1940年代のナノティラヌスのものといわれた頭蓋骨とジェーンの頭蓋骨を比較することで、(もちろん両方が子供の恐竜であるとみなした場合に比較が可能なのだが、)T. rex にはなく、オリジナルのナノティラヌスのみが持つ特徴があるというアイデアを葬り去ることができると主張している。彼の解析によれば、2つの頭蓋骨はかつてT. rex にはなくナノティラヌスに特有のものと思われていたいくつかの特徴が共通してみられるという。それは、小さな顎骨に空いた穴や長く低い鼻といったものだ。この特徴はT. rex とナノティラヌスが別々の種であるというよりは、子供のT. rex に見られる特徴であるとカーは結論付けた。

何人かの古生物学者はカーの主張は納得のいくものと感じたようだ。イギリスのエジンバラ大学の古生物学者であるスティーブン・ブルサッテ博士は、2つの頭蓋骨は「同じ動物、同じ種のものでしょう。」と述べている。ザノ博士も、北西アメリカの頂点に君臨していた捕食者は2種ではなく1種であった点について「説得力のある論拠をトムは述べていました。」と述べ、彼に同意している。彼女はまた、「彼の説明はシンプルでとても簡潔なものでした。」と評価している。

しかしバッカー博士は自分の立場を堅持している。「トムはまだナノティラヌスの完全な標本を見ていません。」と彼はScience誌に語っている。いまのところ、モンタナで発見された第3のほぼ完ぺきに近い骨格をもつ標本に関しての詳細は、まだ発表されていない。その標本の所有者は、結果として失敗したが、700万ドル以上の金額でオークションで売ろうと試み、その後標本は論争の渦中にいる。多くの古生物学者は、彼らの職業倫理に則り、標本が博物館に寄付されるか買い取られるまで研究をしないようにしている。カレッジパークにあるメリーランド大学の古生物学者であるトーマス・ホルツは述べている。「その新しい標本が研究できるようになれば、今度はナノティラヌス派の番です。彼らは自身の主張のために、大人のナノティラヌスの標本が必要なのです。」


《参考文献/サイト》
  1. Top predator wannabe is just another T. rex”. Science.  (アクセス日:2015/10/19)

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