今月、ワシントンにある米国科学アカデミーに、新しいゲノム編集技術である「Crispr(クリスパー)」について話し合うため科学者が集まった。過去数年間でこの技術はとてもパワフルかつ利用しやすいものになった。ただ、多くの専門家はその潜在的な危険をはらむ利用法に制限をかけるよう求めている。
特に次世代へと受け継がれていくゲノムへの編集を、ヒトの受精卵に対して行うというような行為に対してだ。
近年の発達について説明する科学者の中には、Crisprのパイオニアであるハーバード大学メディカルスクールのジョージ・チャーチ教授の姿もあった。彼は生化学と遺伝学の細かな詳細が詰め込まれたプレゼンテーションの中で、爆弾を投下したのだ。
典型的な実験では、科学者は1つの遺伝子を置換するためにCrisprを利用する。しかし、最近のブタの細胞の研究において、チャーチ教授と同僚たちは一度に62個の遺伝子の置換のためにCrisprを利用した。この成果はいずれブタの臓器を人間へと移植することを可能にするかもしれないとして、研究者たちは期待している。
しかし、この実験は深い問題をも提起することになった。一度に複数の遺伝子を操作することにより、いつか科学者は複雑な人間の特徴さえも変化させることが可能になるのだろうか?「これはとんでもなく印象的です。」MITの合成生物学者であるロン・ワイス教授は彼自身は新しい研究には加わっていないが、こう述べている。しかし、多くの遺伝子が関与はしているものの、進化の長い道のりを迂回する手段を突如として手に入れたわけではない、とワイス教授と他の専門家も警告している。大規模に遺伝子を操作することは、まだCrisprでは実施できないのである。
チャーチ教授の実験は、移植用臓器の不足が原点となっている。何千もの人が、毎年心臓や肺、肝臓を待ちながら死んでいるのだ。「現状は残酷です。心臓移植が必要な人にとって、自身が健康的な生活を手に入れるチャンスは、他の人の早すぎる死にかかっているのです。」ニューヨーク州立大学の移植の専門家であるデイヴィッド・A・ダン氏はこう述べている。
1990年代に、研究者たちはブタの臓器を人間に使用できる可能性はないか調査していた。これは異種移植として知られている技術だ。科学者はブタの臓器から人間に害のあるウイルスや他の病原菌を浄化できると期待していた。しかし1998年に、その研究は延期された。ジェイ・フィッシュマンと彼の同僚が新たなリスクを発見したからだ。ブタのゲノムにウイルスの遺伝子が潜んでいたのだ。彼らはこれを「内在性レトロウイルス」と呼んだ。(人間も内在性レトロウイルスを有していることが判明している。しかもゲノムの約5%にもなるようだ。)
ブタの内在性レトロウイルスは、(残念ながらPERVsと呼ばれる。PERVの意味は調べてみればわかることだろう。)他のブタに感染することができる本格的なウイルスを作り出すことが分かっている。研究者がシャーレ(ぺトリ皿)でブタの細胞とヒトの細胞を混ぜたところ、同じようにブタのウイルスがヒトの細胞に感染していることが確認された。
ブタの細胞からPERVsを取り除くことは不可能に思われる。「PERVsはブタゲノムの一部となっています。」現在マサチューセッツ総合病院の移植センター副所長のフィッシュマン博士はこう述べている。フィッシュマン博士と他の研究者はこのハードルを乗り越える方法を探し求めていた。2013年、彼らはチャーチ教授に、もしPERVsの遺伝子を編集できるのであれば、ブタの細胞内で無害化して、ひいてはヒトへも利用できるとのでは、と相談した。
チャーチ教授は上手くいくとは思わなかったが、とにかくやってみることに同意した。PERVsを無害化する他の方法では失敗したが、Crisprはその職務を全うできることが判明した。
最新の実験では、チャーチ教授達はまずブタゲノムにどの程度PERVsが含まれているのかを見積もるためにブタの細胞を検査した。結果62個存在することが判明した。もし数千個程度見つかっていたら、実験は中止になったことだろう。そして科学者たちに2つ目の幸運が降りかかる。PERVsのDNAはすべて、ほぼ同一であったのだ。これは、すべてのPERVsは大昔にブタゲノムに侵入した1つの先祖ウイルスに由来していることが理由である。
ウイルスを殲滅するために、チャーチ教授は新しい遺伝子のセットを設計し、ブタの細胞に導入した。この遺伝子はPERVsを追跡し、ウイルスDNAを切り取るための酵素を生成する。2週間後、すべてのウイルスDNAは除去されていた。実験後も、ブタゲノム内のウイルスはほとんど活性していなかった。また、かなり大掛かりな遺伝的手術にも関わらず、染色体に異常は認められず細胞も正常に成長した。
「この結果により、安全で信頼のおける移植用のブタの臓器の際限ない供給の実現に近づいたのです。」ダン博士は述べている。彼は将来的にはPERVsのないブタのクローンを作り出せると予測している。それにより、ヒトへの安全な移植用の臓器をもつ、新しいブタの血統を作り出せるだろう。
今回、重要な点として、62個の遺伝子を除去するために62種のCrisprを使用したわけではない、ということが挙げられる。その必要はないのである。1種のCrisprがすべてうまくやってくれるのだ。これまでのところ、科学者が工夫して作成した何種かのCrisprは最低でも6個の遺伝子を同時に変更することに成功している。
例えば”デザイナーズベイビー”の親が、その子の持つ何百もの遺伝子を編集することで、眼の色を自由に変えたり、知能指数すらも変更できるような世界を想像することは確かにできるだろう。しかし今回のブタでの実験は、そのシナリオからはほど遠いものだ。
今回の結果を受けて、科学者が複数の遺伝子を一挙に編集する方法について研究をやめるというわけではない。チャーチ教授は、免疫系が感知するブタの細胞表面にある分子の生成に関わる25の遺伝子を修繕することで、ブタの臓器への拒絶反応のリスクを減少させる実験をCrisprを利用して始めている。この結果はまだ公表はされていない。今後数年間で、遺伝子編集技術が迅速に拡大することを期待すべきだと、ワイス博士は述べている。「12個の遺伝子を12秒で編集できるようになるでしょうか?それは不可能でしょう。でも12日で、というのであればそれなりに可能性はあります。」
特に次世代へと受け継がれていくゲノムへの編集を、ヒトの受精卵に対して行うというような行為に対してだ。
近年の発達について説明する科学者の中には、Crisprのパイオニアであるハーバード大学メディカルスクールのジョージ・チャーチ教授の姿もあった。彼は生化学と遺伝学の細かな詳細が詰め込まれたプレゼンテーションの中で、爆弾を投下したのだ。
典型的な実験では、科学者は1つの遺伝子を置換するためにCrisprを利用する。しかし、最近のブタの細胞の研究において、チャーチ教授と同僚たちは一度に62個の遺伝子の置換のためにCrisprを利用した。この成果はいずれブタの臓器を人間へと移植することを可能にするかもしれないとして、研究者たちは期待している。
しかし、この実験は深い問題をも提起することになった。一度に複数の遺伝子を操作することにより、いつか科学者は複雑な人間の特徴さえも変化させることが可能になるのだろうか?「これはとんでもなく印象的です。」MITの合成生物学者であるロン・ワイス教授は彼自身は新しい研究には加わっていないが、こう述べている。しかし、多くの遺伝子が関与はしているものの、進化の長い道のりを迂回する手段を突如として手に入れたわけではない、とワイス教授と他の専門家も警告している。大規模に遺伝子を操作することは、まだCrisprでは実施できないのである。
チャーチ教授の実験は、移植用臓器の不足が原点となっている。何千もの人が、毎年心臓や肺、肝臓を待ちながら死んでいるのだ。「現状は残酷です。心臓移植が必要な人にとって、自身が健康的な生活を手に入れるチャンスは、他の人の早すぎる死にかかっているのです。」ニューヨーク州立大学の移植の専門家であるデイヴィッド・A・ダン氏はこう述べている。
問題となるのはPERVs
1990年代に、研究者たちはブタの臓器を人間に使用できる可能性はないか調査していた。これは異種移植として知られている技術だ。科学者はブタの臓器から人間に害のあるウイルスや他の病原菌を浄化できると期待していた。しかし1998年に、その研究は延期された。ジェイ・フィッシュマンと彼の同僚が新たなリスクを発見したからだ。ブタのゲノムにウイルスの遺伝子が潜んでいたのだ。彼らはこれを「内在性レトロウイルス」と呼んだ。(人間も内在性レトロウイルスを有していることが判明している。しかもゲノムの約5%にもなるようだ。)
ブタの内在性レトロウイルスは、(残念ながらPERVsと呼ばれる。PERVの意味は調べてみればわかることだろう。)他のブタに感染することができる本格的なウイルスを作り出すことが分かっている。研究者がシャーレ(ぺトリ皿)でブタの細胞とヒトの細胞を混ぜたところ、同じようにブタのウイルスがヒトの細胞に感染していることが確認された。
ブタの細胞からPERVsを取り除くことは不可能に思われる。「PERVsはブタゲノムの一部となっています。」現在マサチューセッツ総合病院の移植センター副所長のフィッシュマン博士はこう述べている。フィッシュマン博士と他の研究者はこのハードルを乗り越える方法を探し求めていた。2013年、彼らはチャーチ教授に、もしPERVsの遺伝子を編集できるのであれば、ブタの細胞内で無害化して、ひいてはヒトへも利用できるとのでは、と相談した。
チャーチ教授は上手くいくとは思わなかったが、とにかくやってみることに同意した。PERVsを無害化する他の方法では失敗したが、Crisprはその職務を全うできることが判明した。
最新の実験では、チャーチ教授達はまずブタゲノムにどの程度PERVsが含まれているのかを見積もるためにブタの細胞を検査した。結果62個存在することが判明した。もし数千個程度見つかっていたら、実験は中止になったことだろう。そして科学者たちに2つ目の幸運が降りかかる。PERVsのDNAはすべて、ほぼ同一であったのだ。これは、すべてのPERVsは大昔にブタゲノムに侵入した1つの先祖ウイルスに由来していることが理由である。
ウイルスを殲滅するために、チャーチ教授は新しい遺伝子のセットを設計し、ブタの細胞に導入した。この遺伝子はPERVsを追跡し、ウイルスDNAを切り取るための酵素を生成する。2週間後、すべてのウイルスDNAは除去されていた。実験後も、ブタゲノム内のウイルスはほとんど活性していなかった。また、かなり大掛かりな遺伝的手術にも関わらず、染色体に異常は認められず細胞も正常に成長した。
「この結果により、安全で信頼のおける移植用のブタの臓器の際限ない供給の実現に近づいたのです。」ダン博士は述べている。彼は将来的にはPERVsのないブタのクローンを作り出せると予測している。それにより、ヒトへの安全な移植用の臓器をもつ、新しいブタの血統を作り出せるだろう。
1種のCrisprは複数遺伝子に働きかける
今回、重要な点として、62個の遺伝子を除去するために62種のCrisprを使用したわけではない、ということが挙げられる。その必要はないのである。1種のCrisprがすべてうまくやってくれるのだ。これまでのところ、科学者が工夫して作成した何種かのCrisprは最低でも6個の遺伝子を同時に変更することに成功している。
例えば”デザイナーズベイビー”の親が、その子の持つ何百もの遺伝子を編集することで、眼の色を自由に変えたり、知能指数すらも変更できるような世界を想像することは確かにできるだろう。しかし今回のブタでの実験は、そのシナリオからはほど遠いものだ。
今回の結果を受けて、科学者が複数の遺伝子を一挙に編集する方法について研究をやめるというわけではない。チャーチ教授は、免疫系が感知するブタの細胞表面にある分子の生成に関わる25の遺伝子を修繕することで、ブタの臓器への拒絶反応のリスクを減少させる実験をCrisprを利用して始めている。この結果はまだ公表はされていない。今後数年間で、遺伝子編集技術が迅速に拡大することを期待すべきだと、ワイス博士は述べている。「12個の遺伝子を12秒で編集できるようになるでしょうか?それは不可能でしょう。でも12日で、というのであればそれなりに可能性はあります。」
《参考文献/サイト》
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